宗吾霊堂へ行ってきた

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場所は印西市と成田市の境あたり。

4代将軍徳川家綱の時代。この地域は、領主である堀田氏からの重税に苦しんでいたそうです。

そこで、農民を代表し、木内惣五郎ら名主6名は江戸まで行き、幕府に窮状を訴えた。

しかし幕府は取り合わない。惣五郎らはなんと、死罪覚悟で将軍家綱に直訴したそうです。

家綱はこれを重く見、堀田氏に対して税の軽減を命じます。直訴が通ったんですね。

しかし、禁を犯した惣五郎らは死罪。その子供たちも全員死罪となります。

地域の農民らは恩を忘れまいと、この地に霊道を建立しました。まさに義民。足尾鉱毒事件の田中正造を思い起こさせます。

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惣五郎の死後100年を経過したある年。佐倉藩は自らの失政を認め、惣五郎らの名誉を回復。宗吾の名をあて、宗吾霊堂にて手厚く祀ったそうです。

敷地内には数多くの建物、公民館などが点在します。入口の狭さに比べ、広い奥行き。

圧巻なのは本堂裏にある紫陽花ロード。

ガクアジサイ綺麗ヽ(´Д`;)ノ

純白の紫陽花! 初めて見た!

ゴミひとつなく整備されています。

薄い色から

濃い色まで

でか!

え、何この釣鐘型のは。Σ( ̄◇ ̄;)

母は歴史好き、神社仏閣好き、植物好き。なんかえらいこと楽しそうだった。

こちらもガクアジサイ。

ハンパない量です。

ちょうど6月の雨に打たれ、薄墨色の空に映えていました。

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紫陽花ロードを進むと、突然開けた場所に出ます。

祠?

忠魂碑

おお、戦没者慰霊碑だ・・・。

西南戦争から日清日露の両戦争、及び大東亜戦争の殉職者を祀るとあります。

義民の霊道に無数の紫陽花、そして戦没者慰霊碑。

小雨降る静かな空間は、なんだかこの世から半歩ずれた場所に来たような、不思議な感覚でした。

帰ろうとしたところ、真っ白な神の使いにガン飛ばされた

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  • 管理人・吉田圭志(PN.ボンペイ吉田)
    いいパチンコ有限責任事業組合代表。

    90%が5年で潰れるといわれるパチンコ業界の個人事業において、新台レポートのみの単品商売を10年続け、2016年に黒字のまま無事卒業。

    元ヒキコモリ&ニートでありながら、最も古い個人日記・ブログを運営しつつ、都道府県遊協におけるセミナーで「日本一講師として呼ばれた男」に輝いた(2012年、2013年)

    趣味はパチンコ。ブログ。株式投資。ゴルフ練習。野球観戦。ロングドライブ。




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