怒鳴る男
一昨年。入院した時、四人部屋の一人がやたらとうるさい初老の男性だった。会社の社長なのだろうか、電話で部下を叱責しまくり、取引先に電話をかけまくる。病室でだぜ? 看護師から電話を注意されても止めない。
ある日、奥さんと思しき人が見舞いに来て、私ら他の患者に挨拶をした。こんな事を言っては失礼だけど、丸めた背中と幸薄そうな表情が印象的だった。
それからの30分。男性の怒鳴り声は聞くに耐えないものだった。なぜそこまで奥さんを罵倒できるのだろう、なぜ周囲の迷惑を考えないのだろう。奥さんのこれまでの人生を思うと胸が苦しくなった。
「オイ!お前!何か言えよオイ!」
何度目かの恫喝の末、顔を上げた奥さんから放たれた一言に、私は目を見張った。
「貴方はもう、終わりだから」
フフッという小さな笑い声の後、男は怒鳴るどころか口を開くことすら止め、奥さんは無言で帰っていった。
翌日、男はいなかった。退院したのか、別の病室へ移ったのかは分からない。